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福岡高等裁判所 昭和60年(う)470号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人中川宗雄及び同吉田雄策が差し出した各控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これらを引用する。

弁護人吉田雄策の控訴趣意(事実誤認及び法令解釈適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、原判決は、判示第二につき、健康保険法一三条にいう「使用セラルル者」とは、事業主の指揮命令に従つて労務を提供するという関係にあることを必要とするとの解釈に立ち、被告人と株式会社内納組(以下、「内納組」という。)との間にはそのような関係にはなかつたものと認められるから、右「使用セラルル者」に該当せず、したがつて、健康保険法による被保健者資格はないのに、健康保険被保険者証を不正に取得したうえ、右の資格がないことを知りながら、これを使用して療養給付を受けたものと認定し、仮に、被告人が、右会社の従業員としての地位を認められた以上、正当に被保険者資格も得たものと思つていたとしても、法律を誤解したものに過ぎず、犯意がないということはできないとして、詐欺罪の成立を認めたが、右「使用セラルル者」とは、右のように、労務指揮権に服する関係にあるとか、支配従属関係にあるという意味での雇用関係にある場合に限定して解釈すべきではなく、健康保険法一三条の二により除外されている日雇、臨時雇、季節雇用者など雇用期間が短期の者以外の者で、同法の適用事業所の業務に従事し、その対価として事業主より一定の報酬を支払われている者であれば、すべて同法の「使用セラルル者」として被保険者資格が与えられると解すべきであり、被告人と右会社との間には、そのような雇用関係はあつたものであつて、被告人は右被保険者証を不正に取得したものではないから、その行為は詐欺罪を構成せず、また、仮に被告人が右被保険者資格を有効に取得していなかつたとしても、右会社の従業員であつて、正当に右被保険者証を取得したものと信じていたのであるから、詐欺罪としての犯意を欠くことになり、被告人は無罪であるのに、原判決がこれを有罪としたのは、事実を誤認し、かつ法令の解釈適用を誤つたものであつて、その誤認及び誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

しかし、健康保険法一三条の「事業所ニ使用セラルル者」とは、当該事業所の事業主の人事管理下にあつて、事業主のために労務を提供し、その対価として報酬の支払いを受けている者をいうものと解すべきであり、右のような人事管理下におかれることなく、自己の業務として、その事業所の依頼に基づき、委任あるいは請負等の形態で労務を提供する場合を含まないことは論ずるまでもないところであつて、この点に関する原判決の解釈も同趣旨のものとして正当であると解されるところ、原判決の挙示する関係各証拠〈省略〉によると、被告人は、暴力団工藤会田中組内で組長をしていた昭和五二年春ころ、建築工事の請負事業を営む内納組(当時有限会社、代表取締役内納敏博)のために、建築工事下請けの仕事を取得するにあたつて助力したことがあり、右内納は、同年七月ころ、被告人に対し、その謝礼並びに将来必要なときに同様の助力や紛争解決の助力等を受けられるようにするためのいわゆる顧問料の趣旨で月月約一五万円を支払うことにしたが、便宜上従業員として雇い入れた形にして給料の名目で支払うことにしたこと(なお、内納は、同年八月ころ、被告人のために健康保険被保険者証の交付を受けた。)、右の月月の支払いは、途中からは被告人の外車の購入代金の支払いの一部に充てられる形で、昭和五五年五月ころまで続けられたが、その後は支払われていないこと、被告人は暴力団の組長の立場において独立して活動していたものであつて、内納組のために工事の仕事を探すことなど主たる活動としていたものでは決してなく、被告人は、たまたまそのような仕事を見付けた場合に、これを内納組に紹介したり仲介したりすることがあつたに過ぎないこと、そして、被告人はこれらの事情についての認識を十分に有していたのであつて、その点に疑いを抱かせるような特段の事情もないこと、他方、右内納は、同人の実兄ら二名についても、従業員でないのに内納組に雇い入れたことにして、右両名のためにも同様の被保険者証の交付を受けていたという事情もあることを、それぞれ認めることができる。そうすると、被告人は、そもそも内納組に対し、その人事管理下にあつて労務を提供するという関係になく、単なる名目上の社員に過ぎなかつたことが明らかであるから、被告人が健康保険法一三条にいう「使用セラルル者」に該当しないことは、論を俟たないところであり、そのうえ、被告人は、右の使用される関係にないこと、すなわちそもそも被保険者資格を取得できるような地位にはないことを知つていたものと認められ、したがつて、内納組の従業員の名目で、被保険者証の交付を受けたからといつて、それにより被保険者資格が生ずるものではないことを認識していたものと認めるほかはないのであつて、〈証拠省略〉中の、以上の認定に反する各部分は、その余の関係各証拠に照らして信用できない。なお、所論は、前同条にいう「使用セラルル者」とは、同条の二により除外されている臨時雇等の者を除き、当該事業所の業務に従事し、その対価として一定の報酬を支払われているすべての者をいう、とするが、「業務に従事する」ということの中に、たとえば顧問弁護士の場合のように、委任等の形態により自己の業務の一部として行うものまでをも含むとするのであるならば、明らかに広きに過ぎるといわなければならない。

そして、原判決の挙示する関係各証拠によると、被告人は、右のとおり、健康保険法上の被保険者になり得ず、その資格を取得できないことを知りながら、その情を秘し、あたかもその資格を有する者であるかのように装い、原判示第二のとおり、不正に入手された被告人名義の被保険者証を病院等の担当係員に対し呈示し、これらの者をして被告人が右被保険者資格を有するものと誤信させ、よつて、担当医師らから同判示の各療養給付を受けて、財産上不法の利益を得たことが認められるのであるから、詐欺罪の成立に欠けるところはないものといわなければならない。

以上のとおり、原判決には所論のような事実の誤認も、法令解釈適用の誤りもなく、論旨は理由がない。

弁護人中川宗雄の控訴趣意(量刑不当の主張)について〈省略〉

よつて、刑訴法三九六条により、本件控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官永井登志彦 裁判官小出錞一 裁判官泉 博)

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